ho-ro-do-fu no.13 雑記 上
なんとなく、尻切れになったままなので
インド後記を締めるべくもうちょっとばかり書きます!
今回の旅の目的を挙げるとすると
アーユルベーダ体験&後半はチェンナイ(マドラス)での
Music Season(カルナータカ音楽祭)でコンサートをいっぱい観ること。
でも結局、ホームステイや料理教室を探して南インドの料理を習ってみたり
食べ歩きをしたり、それが予想以上にたのしかったり。
古典音楽祭で聴いた音楽をサンプリングしようなどということよりも
暇な夜にボリウッドなTVからだらだら聴いたダサポップスの方が
いまの自分にはピンとくる感じだったり。
なんというか、期待でふくらんだ頭よりも
からっぽのスポンジ的に反応したものごとの方が
心に残っているような気がする。

チェンナイでは朝と夜、コンサート鑑賞。

MUSIC ATM。みんな携帯でMP3で音楽を聴いている。
『ATMでダウンロード』が進んでるのかどうかは、いまひとつ疑問。

料理教室にてパロッタを習う。生徒は1人。

ヨガマスター。

料理マスター、ミセス・シャグンダラ。
そういえば一度目のインドではさんざんな目にもあったんだっけ、、、
でも人間を二種類に分けるとすれば
わたしはインドを嫌いになれないタイプだ。
また行きたいなと思っている。
カレーだって毎食でも全然飽きないし
あちこちに神さまがいるのはなんだか日本と似てる
(七福神はヒンドゥ、仏教、土着信仰のミックス=神仏習合!)けれど
日本と宗教観がてんで違うってこと含め
ヒンドゥの神様をめぐる物語や世界観は興味が尽きない。
何にあやかるつもりか、音楽を始めたばかりのときにつけた
わたしのホームスタジオやミックステープのレーベルは
みんなヒンドゥの神様のお名前だった。
今回は帰ってきてからも
インドポップスを車でずっと聴いていたりするけれど。。。
わたしはいわゆる”インド好き”なのだろうか?
いやいや、わたしはきっとインド信奉者、求道者からしたら
不勉強不埒不謹慎といわれそうな
あくまで呑気ないち旅行者、いちインドファン。
ボラボラで灼いてきた〜、ソウルでサムゲタン食べてきた〜、
というのとそんなに大差ないと思う。
哲学的精神世界的に重たそうに取り扱うべき
ナニかがなきゃ行けないとしたら
インドはホントに遠いとこだもの。
そんな訳でインドについては、たまたま”構えすぎない人”が
よくいう”縁のある人”なんじゃないかと思ったりもする。
その後、そこから惚れ込むか
忌み嫌うかはまたそれぞれなんだけど。
で、わたしはこの国に行くと
なんだかわからないけどとてもホッとするんだ。
ドっと疲れもするけど。



そうそう今回の旅の前
いくつかの本屋の海外旅行コーナーでインドの本を探してみた。
インド旅行本、ムック本はひと昔前は
よく平積みのところにあったのに、今は棚に押し込められていたり
シリーズ本なのにインドが欠本したままになってるところもあったり。
インドに旅行する人は昔より減ったのかもなあ、となんとなく感じる。
そもそも海外旅行に行くひとが減っているというなかで
わざわざヘビーな旅をする物好きが減るのもやむないか。。
加えて、ムンバイ事件の後だからか
インドの空港、行き先各地で日本人にひとりも遭遇することがなかった!
田舎でも、4番目の大都市でも。
以前だったら考えられない気がするのだけれど
たまたまにしても、ただの流行だとしたらちょっと残念な現象。
一方であいかわらず西洋人(非米国人)はたくさんいた。

インドは美女の宝庫です。
ちなみにテロ事件についてふれると、現地では
アメリカ(や日本)のニュースとはまったく違う報道の仕方をしていた。
もちろん事件自体は悲惨なものだけれど、その反応は落ち着いていて
楽観的というと語弊があるかもしれないけれど、それがただちに
特定の民族や国、宗教を非難するような動きにはならないようだった。
ホームステイでおじさんと討論番組を観ながら話していても
番組出演者もおじさんも(みなインドではかなりインテリの部類だけど)
結構冷めていて、いたずらな敵対心みたいなものがない。
それどころか事件と無関係な近所のイスラム系の隣人が
これによって差別されることを心配している!
うらやましいまでにおおらかで、非ヒステリック。
この『のれんに腕押し』感、ただヘラヘラ〜ンというんではなく
代々受け継がれてる伝統織物ののれんを押す感じ
とでも言ったら、ほめすぎか。
そんな具合でたまたま目の当たりにした各国報道の温度差
これは貴重な体験だったのでした。
そしてそして、この後記もさすがに、次回で最後!


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